Artist Interview

#01

前田麻美

 

京都市内を走り少し山を登ったところにある、ご自宅兼工房で作陶をされている前田麻美さん。
透き通るように美しい白に翡翠のような薄い緑、そして水のような青の灰青釉。
そして、滴る水滴のようなイッチン模様や、器を縁取る細かい型押し模様が美しい器たちが、彼女の手によって生み出されていきます。

比叡山が綺麗に見えるリビングに通して頂き、前田さんに陶芸家として活動をはじめたきっかけや、作品についてじっくりとお話を伺いました。

―陶芸家として活動を始めたきっかけを教えてください。

前田さん:
ずっと手でモノを生み出す仕事がしたいという思いを持っていました。
最初は彫刻科に行きたかったんです。でもそう思った当時はまだ若くて、デッサンからやってはどうかと提案をいただき、油絵を書いていていました。その後色々あり、一旦絵筆を置き大学院で哲学を学びました
そんな中、大学院2回生の時、知り合いが陶芸教室に通っていて、一緒に行くことになったのが陶芸との出会いです。
陶芸は使ってくださる方の使い勝手を考えたり、例えばギャラリーの方の意見を聞いたり、料理人さんとも対話をします。
様々な人たちとコミュニケーションが取れる仕事という事が魅力的。
簡単に言えば、ディスカッションして新しいものを生み出すほうが私には向いていると感じています。
陶芸の勉強は最初陶芸学校に通っていました。
そして京都は作家、窯元が多いので、作家さんの元で勉強させていただきました。

―東京ご出身の前田さんが京都で作陶されるようになったきっかけを教えて下さい。

前田さん:
大学院が京都だったので、そのまま居心地が良くて住んでいます。
そして、京都は工芸やアートが盛んで仕事がしやすいんです。
2017年独立時は、町屋で作陶していました。かなり気に入っていて、一生そこに骨を埋めるも良いとさえ思っていました。
ですが、子どもが生まれて手狭になり、今のここに引っ越してきました。

 

―なぜこの場所だったのでしょう?

前田さん:
清水焼が有名な東山も良い物件があったけど、立地や予算なども考えこちらを選びました。
土地が広いので作業場もしっかりと確保できましたし、場所があるので小屋を建てて窯も入れられました。
そして、実は周りにいろいろな面白い仕事をしている人が多いんです。
とにかくいろいろな人と喋る事が好き!
でもその反面、普段は仕事、子どもと慌ただしく、自分自身の事を考える時間が今までなかったんです。ここに来て、自分自身の事を考える時間、思考する時間が増えたのが良かった。
あと陶芸とは無関係ですが…お酒が好きなので、街だとお酒を飲み歩くことを考えますが、飲みに行けない分家で飲むのが楽しくなりました。地域で収穫された野菜も売りに来てくれるんですよ!
市街にも車さえあればすぐ出れるので、いいところ取りです!
リビングからは比叡山が綺麗に見えるんですよ。
ここで半分老後みたいな感じで生活しています(笑)

器のある暮らし:
陶芸に打ち込めて、自分自身のこともじっくり考えられる時間も確保できる。
そして、いろいろな知識をいろいろな人から吸収できる環境が、今の前田さんにとってはベストなんですね。

ー作品のインスピレーションとなるものはどのようなことやものですか。
また、代表される水滴のようなイッチン模様や、器を縁取る細かい型押し模様はどこからのインスピレーションなのでしょうか?

前田さん:
いろいろなものがものが蓄積されて今の形になっています。
器、骨董、美術館、図案…。
私は計算が上手くいかない事が多いので、こうしたら綺麗じゃないかと思いながら感覚的に作っています。だから失敗も多い。
器の難しいところは、絵画だったらスケッチをするけど、器は曲面で立体、そして釉薬がのった時の感じがまた違う。
本来だったら綿密に計算して1個を作る。
実際は私も計算はしているんですけど、そうは上手くいかないので、いろいろチャレンジしながら作っています。
私は植物も好きですが、骨董品などの古いものも好きなんです。
古いものに対する憧れがあり、現代的と言うよりはちょっと古い微妙な色合いが好き。
なので私の作品はよく”カメラマン泣かせ!”と言われます(笑)
イッチンを際立たせるには、地の色とは違う色を乗せた方が際立つ。でも見えるのか見えないのか、でも書いてあるくらいの方が綺麗だと思うタイプなんです。
主張していないようで主張している。その塩梅をすごく考えて作っています。

器のある暮らし:
カメラで撮影していると、この見えるか見えないかの繊細な模様をしっかり表現できているか、そしてPCで作業していても不安がよぎり、とても難しかったです。
でもこの繊細な作りが前田さんらしさですね。

―モチーフは植物、花が多いですね。

前田さん:
花をめでる感覚は人間独特。私も花が好きです。
だからダリア、菊などをモチーフにした器を作っています。単純にとても綺麗ですよね。
あと、この縁はかなり手間なんですけど、このひと手間でかなり器の仕上がりが違うと思っています。
縁の繊細さ、揺らぎ、曲線、花びらのイメージ…
微妙に思っている私の”綺麗の感覚”を集めた集大成が、私の器ですかね。

-作品を制作するうえで、大切にしていることや心がけていることはどのようなことですか。

前田さん:
大げさに聞こえるかもしれないけど、宝物になったら良いなと思っています。
私自身、宝物しか買いたくないんです。気に入っているモノが欲しい、その方が大事にする。
だから、宝物のように扱ってくれる事に見合うものを作らないといけないと思っています。
どれだけこの器たちが愛されるか、ご自宅の中で気に入っていただけるかを考え作陶しています。

―今回コーディネートで販売する作品について、前田さんのこだわりのポイントを教えてください。

前田さん:
まず、ブロンズ釉は顔料が多めの釉薬です。その分油分を吸収しやすいので、気になる方は油を最初に塗るのがオススメです。
ただ、私としては使っていく程、その痕跡が器に残って、それらによって陰影が出て表情が変わる、それも味だと思い好きな変化です。

灰青釉は窯の違い、釉薬の濃さで何通りもの表情が出ます。
微妙に青くさせる為に、私は天然の灰を入れています。
天然の灰なので色味以外のものが沢山入っていて、表情がいろいろ出る。それが良さです。
だからたまに、2度と作れないものが仕上がる時があります。
陶芸の難しさって一旦窯に預けるという事だと思います。
木工などは自分の頭の中と手である程度イメージ通りに完成しますが、陶芸の場合は、窯に預けてこういう色になると思っても、焼き上がってきたらイメージと違う表情をしていたり…それでとても落ち込むこともあります。でもその繰り返し。

そして、磁器はプロダクトっぽい仕事を要求されることが多いのですが、私は土物っぽい磁器を目指して作っています。
釉薬の溜まりがでたり、陰影が出たりする釉薬をわざと使っていて、微妙な色合い風合いで土物っぽさ暖かさを感じられる器が作りたいと思っています。

 

器のある暮らし:
この繊細なちょっとしたカーブに、植物のモチーフがリンクして、前田さんらしさが表現されていますね。

前田さん:
器は普段、洋食和食を選ばずに使える方が良いし、そう思うと個性はあるけど主張しすぎないものをと考えます。
そして、料理のせる前提で考えるのが器なんですが、料理をのせなくても綺麗な器でありたいと思っています。

器のある暮らし:
器の使い方としてお料理をのせるのはもちろんですが、我が家では実際に大皿を鍵置きにしたり、豆皿にアクセサリーを置いたりと多様に使っています。
なので、器は多様に用途を広く思い思いに使って良いモノだと、私も考えます。
そんな考えの私からすると、前田さんのその心遣いがとても心地よいです。

―陶芸家であり1人の女性として小さなお子様のお母さんでもある前田さん。
お子さんが生まれてからの心境の変化や、仕事への考え方など変化はありましたか?

前田さん:
1日の時間の使い方が子どもが生まれて変化しました。
子どもがいて忙しいからこそ、充実した1人時間が持てるようになり、作品作りに集中すること、ラジオを聴くこと、本を読むことを行ってインプットの時間を大事にしています。
子どもの保育園の無い日は、家庭菜園をしたり、普通に公園に行ったりしています。この時間がすごく良いんです。
上の子は石集めが好きで綺麗な石を集めてくる。彼女には石が綺麗に見えていてその感性が素晴らしいので、1個ずつストーリーやコメントを付けてあげてやり取りを楽しんでいます。
大人同士じゃ絶対に起こり得ないこの時間の使い方も、とても重要なインプットの時間です。
自宅で自分の作品の器を使っていて、”お母さん作ったこれ綺麗だね”って言ってくれる事に対して、びっくりしたことを覚えています。小さいながらに原始的な感性があって、そんな発見がとても楽しいです。

-徐々にアフターコロナが見え始めている昨今に対して、「食べること」に直結する器、今の暮らしの在り方やその中での器がもたらしてくれる役割や意味について、どのように感じられていますか? 

前田さん:
器とはプラスアルファをもたらしてくれる役割。
プラスになっていなければ意味がないと思います。
食事とは主に栄養摂取の場ではあるけど、誰と食べるかが大事であったり、そこでの会話だったり、どういうお料理なのかという事が大事だと思います。
それ以外の要素、雰囲気、演出、作り手の心などを担っているのが器なのではないでしょうか。
食事を摂らない人はいないので、食事はみんなと関われる場。コロナ過でそういう見方をしてくれる人が増えたように思います。
家の中での食事の質を上げる事って大事だなと思います。
家が最高にハッピーなら良いな!と思うので、そんな役割を担ってくれていれば嬉しいです。

―今後取り組んでいきたい新しいことはありますか?

前田さん:
作品として新しいものを作るのは前提として、新しいことをはじめる人や、面白い試みをしている人と一緒に取り組みたいと思っています。
そういうパワーのある人からは良い影響を受けるので、そういう人と一緒に仕事したいですね。
それに見合う自分でいる為にも作品を作ります。
陶芸は土に還らない仕事、だからゴミになりかねない仕事です。
量を沢山売るという仕事はしたくないと思っています。
考え方の合う人と、そして分かってくれる人と質の良い仕事をしていくことが今後の展開です。

器のある暮らし:
最後に、新しいことに取り組む「器のある暮らし」の姿勢を評価してくださった前田さん。
だから真っ先に今回のお取組みのOKをいただけたんだと納得しました。
人と人とのコミュニケーションを大事に、自分自身を突き詰め、綺麗だと思う器を作り続ける姿勢。
そんな前田さんはこれからも素敵な人との出会いが沢山あるでしょう。
その出会いから作品がちょっとずつ変化していくのを見るのが、これからの楽しみになりました。

最後のお写真は前田さんと一緒に出迎えてくれた、とっても人懐っこい猫ちゃん♪可愛かった~!

<前田麻美プロフィール>
1988年 東京生まれ
2006年 武蔵野美術学園造形芸術科 基礎課程終了
2011年 國學院大學文学部哲学科 卒業
2013年 京都大学大学院文学研究科修士課程修了
2013年 京都にて陶芸を学ぶ
2017年 京都にて独立